東北の冬のまつりは、寒さを忘れるほど美しい
凍てつくように厳しい寒さのなか、雪がしんしんと降り積もる‥東北の冬といえば、そんな叙情的な景色を思い浮かべます。実際、積雪量に差はあるものの、東北の冬に雪はつきもの。だからこそ東北では、冬の恵み“雪”にまつわる「まつり」が開催されるのです。
各地に降り積もった雪は、さまざまな姿でまつりを彩ります。雪を燈籠や小さな室にして中に灯りをともしたり、雪洞をつくって神様をまつったり、あるいは見渡す限りの雪景色の中でまつりが開かれたり‥そのどれもが、雪という自然の芸術によって幻想的な美しさをまといます。
さらに、東北の冬のまつりは、地域の文化や風習を大切に守り続けてきたもの、寒い北国の冬を地域の人々の力で楽しく演出するために生まれたものなど、地域の人々の温かい想いによって育まれてきたことも大きな特徴といえます。
息をのむほど美しく、地域の人々によって受け継がれてきた東北の冬のまつりに、訪れた人は寒さを忘れるほどの感動を覚えることでしょう。
幻想的な世界に誘われる『弘前城雪燈籠まつり』
青森県弘前市のシンボルとして街の発展を支えてきた弘前城。現在その敷地は弘前公園として整備され、市民の憩いの場として開かれています。園内には文化7年(1810年)に完成した三層の天守があり、間近で、さらに中に入って見学することができます(11/24~3/31は冬期閉館)。江戸時代から残る天守は、東北ではここでしか見ることができない貴重な建造物です。(現在は100年ぶりの本丸石垣修理のため、天守は本丸内の仮天守台で公開されています。元の位置に戻るのは早くても2026年度の予定です)
この弘前公園を会場に多くの人で賑わうイベントが、毎年2月に開催される『弘前城雪燈籠まつり』です。まつりの名前にもある通り、期間中は雪で作られた燈籠や雪像約150基、さらに約300基ものミニかまくら群が園内に設置されます。まつりのメイン装飾となる雪燈籠や雪像は、市民による手づくり。寒く長い雪国の冬を楽しむ市民の気概や工夫が感じられます。
さらに会場には、勇壮華麗な弘前ねぷたの絵が飾られる「津軽錦絵大回廊」が登場。回廊の中ではねぷた囃子も響き、毎年夏に開催される『弘前ねぷたまつり』の雰囲気を味わうことができます。さらに歴史的建造物などをかたどった大雪像や、大型滑り台などが会場を賑わせます。
まつりは昼間から開催されていますが、ぜひ見学していただきたいのが日が暮れてから夜間にかけて。雪化粧した天守は美しくライトアップされ、雪燈籠やミニかまくらに灯りやろうそくがともり、優美なねぷた絵が冬の夜に浮かび上がります。大雪像はプロジェクションマッピングに彩られ、より一層華やかに演出されます。天守のある本丸エリアは幽玄に、ろうそくの光が輝くミニかまくら群はファンタジックに、プロジェクションマッピングは賑やかにと、雪と光の演出によってさまざまな世界観を楽しむことができます。
ライトアップされた『弘前城雪燈籠まつり』を堪能した後は、ぜひその足で会場周辺の弘前市街地を歩いてみましょう。まつり期間中、『弘前エレクトリカルファンタジー』と題して、街なかのさまざまな場所でイルミネーションが点灯されます。
まず見学したいのが、弘前公園の追手門付近の外濠で開催される『冬に咲くさくらライトアップ』です。弘前公園は約2,600本の桜が植えられ、春になると国内外から多くの花見客が訪れる“桜の名所”として有名です。冬季はもちろん桜の花は咲いていませんが、イベント期間中は枝にきれいに積もった雪がライトアップされ、まるで満開の桜が咲いているような幻想的な光景を楽しむことができます。
他にも「旧弘前市立図書館」や「藤田記念庭園 洋館」など市街地に数多く点在する洋館、さらに弘前市役所前庭や追手門広場など市内各所でイルミネーションが点灯し、街並みがひときわ美しく彩られます。
また、『弘前城雪燈籠まつり』で見学した弘前ねぷたをもっと体験したい方は、弘前公園からほど近い観光施設『津軽藩ねぷた村』を見学するのもよいでしょう。夏の『弘前ねぷたまつり』を彷彿とさせる実物大の大型ねぷたに迎えられ、笛と太鼓のお囃子の実演を体験することができます。またこの地域ならではの民工芸品の製作風景、津軽三味線の生演奏などを見学することも可能。ねぷたのみならず、弘前で育まれてきたさまざまな文化を体験することができます。
見て美しく、中に入ると心和む『横手のかまくら』
降り積もった雪を積み上げ穴を開けて小さな家を作る「かまくら」作りは、雪国に住む人なら一度は試したことのある雪遊びです。日本有数の豪雪地帯として知られる秋田県横手市では、子どもたちが遊んでいた「かまくら」作りと、水神様をまつる小正月の行事が長い年月をかけて融合し、現在のまつり『横手のかまくら』に発展しました。その歴史は約450年にも及ぶといわれ、今では東北の冬の風物詩として全国的に知られるまつりになりました。
『横手のかまくら』が開催される毎年2月15・16日の夜、街の中に約60基のかまくらが作られ、中にあたたかな灯りがともります。宵の街並みにぽっかり現れたかまくらに灯りがともる光景は、とても美しく幻想的。中に子どもたちがいて甘酒や餅をふるまうかまくらもあるので、ぜひ中に入ってみましょう。かまくらの中は静かで暖かく、心が洗われるような空気に満ちています。奥の祭壇には水神様をおまつりしているので、手を合わせるのもお忘れなく。
また、市内を流れる横手川沿いの蛇の崎川原には、約3,500基ものミニかまくらが作られ、その全てにろうそくの火が灯ります。たくさんの小さな雪室がろうそくの光で輝くその美しさは、まるで空の天の川が地上に降りてきたかのよう!蛇の崎橋の上から遠くまで眺めたり、川原に降りて間近で見学したりと、視点を変えて“星明りの散策”を楽しみましょう。なお、かまくらやミニかまくらは、横手市役所本庁舎前や横手公園など市内に点在していて、徒歩か無料の会場巡回バスに乗って巡ることができます。
『横手のかまくら』と同時に、毎年2月16・17日に開催されるのが小正月行事『横手のぼんでん(梵天)』です。「ぼんでん」とは神霊が降臨するための標示物・依代(よりしろ)としての大きな御幣型のものを意味しており、横手のぼんでんは他に類を見ない大きさと豪華さが特徴です。
2月16日には「梵天コンクール」が行われ、各団体が意匠を凝らして作ったぼんでんの出来映えを競い合います。そして17日には「旭岡山神社梵天奉納祭」が執り行われます。活気に満ちた若衆がぼんでんを掲げて市内を練り歩き、町内安全、商売繁盛、五穀豊穣などの願いを込めて神社に奉納します。そろいの半てんを来た数百人の若衆がほら貝を吹き鳴らし、“ジョヤサ、ジョヤサ”のかけ声とともに進む様は圧巻!「静」のかまくらと対照的な「動」のまつりを感じさせます。『横手のかまくら』と『横手のぼんでん』は、合わせて『横手の雪まつり』とも称されています。3日間かけて行われる2つの小正月行事を両方見学することで、この地域が育んできた文化や風習を体験することができるでしょう。
ところで『横手のかまくら』が開催される2月15・16日には、横手の食文化が堪能できるかまくら協賛物産展「ほっこり横丁」が出展します。会場には屋台が立ち並び、横手名物の横手やきそばなどを販売します。ご当地グルメとして全国的に知られる横手やきそばは、太くて真っ直ぐな角麺と豚挽肉やキャベツなどを炒めてソースを絡めたやきそばの上に、半熟の目玉焼きと福神漬を添えるのが特徴。市内には横手やきそばを提供する飲食店が数多くあるので、さまざまなお店の味を試してみるのもおすすめです。
雪景色がろうそくの灯りに照らされる『会津絵ろうそくまつり~ゆきほたる~』
福島県会津地方に伝わる伝統工芸品「会津絵ろうそく」。その歴史は古く、室町時代中期にさかのぼります。時の領主が漆樹の栽培を奨励したことから、樹液から漆器、実からろうそくを作るようになりました。安土桃山時代になるとろうそくに花の絵が描かれるようになり、江戸時代にはろうそくの最高級品として全国に知れ渡るようになりました。現在も会津若松市には数軒のろうそく店があり、職人が1本1本、芯づくりから絵付けまで伝統的な製法で手づくりしています。
絵ろうそくには、菊、牡丹、藤など季節の草花が色鮮やかに描かれています。その絵柄の華やかさもさることながら、ろうそくの芯が太いため炎が大きく、長持ちすることも特徴です。この美しい絵ろうそくと、やわらかくあたたかい光を多くの人に見て欲しい、そんな想いから、2000年に『会津絵ろうそくまつり』が始まりました。
以降、毎年2月第2土曜とその前日に開催されるまつりは、会津若松市のシンボルである「鶴ヶ城公園」と「御薬園(おやくえん)」を中心に行われます。「鶴ヶ城公園」会場の見どころは、お城と会津の伝統工芸品によるコラボレーション。白壁に赤瓦が映える五層天守がライトアップされるとともに、伝統工芸品である会津本郷焼の瓦燈や会津塗の燭台で会津絵ろうそくがともされます。また会津の代々の領主によって整備された庭園「御薬園」会場では、ろうそくの灯りがともった竹筒で心字の池を取り囲み、幽玄・幻想の世界を現出します。この季節、会場は一面雪景色に変わり、他の季節とは異なる様相を呈します。白銀の世界にあたたかなろうそくの灯りがともる絶景は、まさに感動の一言です。
さらにJR会津若松駅、北出丸通り、七日町通り、野口英世青春通り、大町通り、いにしえ夢街道など、市内の各所でも趣向を凝らした絵ろうそくがともされます。まつり期間中にともされるろうそくの数は、実に約1万本!ろうそくの灯りに照らされて雪景色に浮かぶ“会津幻影”を、至るところで楽しむことができます。
ところで会津地方には、絵ろうそくの他にも数々の伝統工芸品が伝わります。現代の職人やデザイナーたちは、それぞれの伝統を継承しつつ、新しい感性で今の暮らしに寄り添うプロダクトを創り上げています。
たとえば、絵ろうそくと同時に漆樹から樹液を取って作られるようになった漆器「会津塗」。堅牢なつくりに艶やかな塗り肌、優美な蒔絵などが特徴で、木地づくりから塗り、蒔絵などそれぞれの工程を独自の職人が担当し、たくさんの人の手によってひとつの漆器が出来上がります。お椀や重箱、菓子鉢などは昔から親しまれてきましたが、現代では日常の暮らしに取り入れやすいモダンでシンプルな食器や花器、小物入れなども生まれています。
また『会津絵ろうそくまつり』でも瓦燈として使われた陶磁器「会津本郷焼」も、会津地方に伝わる伝統工芸品のひとつです。約430年もの歴史を有する東北最古の窯場で、陶器と磁器を両方生産するという珍しい特徴を持ち合わせています。現在は12の窯元が、伝統と歴史、時代性を取り入れて陶磁器を生産。窯元によって作風や方向性が異なる、個性豊かな作品を手にすることができます。
厳寒期のまつり観覧は、防寒&雪道対策でより快適に
圧倒的な美しさを誇る東北の冬のまつりを見ていると、思わず寒さを忘れるほどです。しかしそうはいっても、東北の冬の寒さを厳しく感じる方もいることでしょう。まつりの観覧をしたい方は、ぜひ厚手の防寒着、厚手の靴下や長靴など、防寒対策をしっかりしてお出かけすることをおすすめします。
特に足下は、地面が雪で覆われていることが多く、雪道を歩き慣れていない方は滑りやすいと感じるかもしれません。雪道を歩く際は歩幅を小さく取り、足の裏全体を地面につけるようにして歩くとよいでしょう。靴は底が柔らかく、深い溝が付いているとより滑りにくくなります。