《山刀伐峠》元禄2年(1689)5月17日、陽暦にすると7月3日に松尾芭蕉と河合曾良は最上町の封人の家に逗留した後、「おくのほそ道」でも“最大の難所”と言われている山刀伐峠を越えて、尾花沢市へ向かいました。この道は平成31年に330年を迎え、松尾芭蕉の旅を偲ぶ貴重な史跡となっています。“山刀伐峠”(なたぎりとうげ)という峠名は、峠の形状がかつて山仕事や狩りの際に被った「なたぎり」という冠り物の形に似ていることに由来すると言われています。
現在、山刀伐峠の山頂へは舗装道路(旧道)が整備されていますが、芭蕉が辿った「歴史の道」はそれとは別に遊歩道として整備されています。この道は“二十七曲り”と言われるほどの曲がりくねった山道でうっそうといたブナ林に覆いつくされ手つかずの自然が残っています。山頂付近には駐車場、トイレ、簡単な休憩所があります。頂上近くの子宝地蔵尊、子持ち杉、山刀伐峠顕彰碑付近には東屋もあり、自然の中で芭蕉の時代に思いを馳せながら、ゆっくりとした時間を過ごすこともできます。